今を歩こう―地球を描こう

沿革

沿 革

2014年(平成26) 代表取締役社長に岡井哲太郎を選任。
ブランディング戦略のスローガン「今を歩こう- 地球を描こう」を設定。
2011年(平成23) 代表取締役社長に武田徹を選任。
2009年(平成21) 技術部門の中継業務を終了し、映像取材業務と編集業務体制に移行。
2008年(平成20) 創立50周年。
2005年(平成17) 代表取締役社長に中井靖治を選任。
2004年(平成16) テレビ朝日の六本木ヒルズ移転に伴い、本社をアーク放送センターに移転(東京都港区六本木一丁目1番1号)。
2002年(平成14) 当社独自のインターネット放送局を開局。
1998年(平成10) 代表取締役社長に大沢清孝を選任。小田久栄門社長は取締役会長及び、BS朝日社長に内定。
創立40周年。コミュニケーションネーム『ViViA』制定。
1997年(平成9) 代表取締役社長に小田久栄門を選任、出口社長は取締役会長へ。
1993年(平成5) 「六本木再開発」に伴い、本社を移転(東京都渋谷区恵比寿南3丁目9番7号)。
1987年(昭和62) 代表取締役社長に出口進士を選任。
1986年(昭和61) イベント業務を開始。
1984年(昭和59) スタジオ事業局を朝日サウンドスタジオに改称。
1983年(昭和58) 代表取締役社長に阿部三郎を選任。
1982年(昭和57) ビデオ事業部を新設、中継車を導入し技術部門の拡充をはかる。
1981年(昭和56) 501スタジオに24chマルチシステムを導入。
1979年(昭和54) 代表取締役社長に鮫島国隆を選任。
1978年(昭和53) 報道分離。報道局員128名がテレビ朝日に移籍。番組制作会社として再出発。
制作・営業(CM)・スタジオの3部門を経営の柱として新スタート。
1977年(昭和52) 社名を「テレビ朝日映像株式会社」に変更。
1976年(昭和51) 報道ENGカメラ1号機を導入。
1975年(昭和50) ニュースネットが毎日放送(MBS)から朝日放送(ABC)に変更。
営業局関西支局を設置。
1974年(昭和49) ニュース放映15周年。従業員244名。
スタジオ施設完成、スタジオ事業本部を新設。音楽レコーディング事業に進出。
1973年(昭和48) テレビ朝日第4別館完成、報道局・制作局・営業局・車輛課が移転。
経理局、スタジオ部を新設。
札幌支局を廃止。
1972年(昭和47) 営業局、企画室を新設。
1971年(昭和46) 代表取締役社長に藤井恒男を選任。
大川博会長死去(74歳)。
社名を「NET朝日制作株式会社」に変更。
資本金を7500万円に増資(新株主にNETテレビをはじめ11社)。
本社移転(東京都港区六本木6丁目4番10号)。
CM部・ビデオ事業部を新設。
報道一元化にともないNETテレビ報道局員が当社に出向。またANNニュース系列局の報道業務を委嘱される。
1969年(昭和44) ニュースがカラー化となる。
1968年(昭和43) 札幌支局開設。
1967年(昭和42) NETテレビとの報道協力、新体制で発足。NETテレビ報道部全員が当社嘱託に。当社報道部員およびスポーツ課員はNETテレビの嘱託に。
1966年(昭和41) NETテレビ報道部との共同作業開始。現場では朝日テレビニュース社とNETとの本部を一本化。
映画局と三越が契約。毎月一回を「朝日テレビニュース社文化サロン」とし、本社制作の映画を上映。
1965年(昭和40) NETテレビ第1別館完成、社屋を移転。
1964年(昭和39) 東京12チャンネル開局により同局用ニュース制作。
1962年(昭和37) 関西支局廃止。
NBNに『NETニュース』をネット。
1960年(昭和35) 『NETニュース』の3局(NET、MBS、KBC)ネット始まる。
1959年(昭和34) 日本教育テレビ(NET:現テレビ朝日)開局。当社営業開始。
大阪支社を関西支社に改める。
NET別館に本社を移転。
1958年(昭和33) 株式会社朝日テレビニュース社設立。
代表取締役社長 大川 博、代表取締役専務 遠山 孝
本店 東京都千代田区有楽町2丁目3番地
事業所 東京都港区麻布材木町55番地 日本教育テレビ4階及び地方職員会館別館「秀芳閣」